8年ぶりに、札幌市北区の百合が原公園に祀られている篠路烈々布(しのろれつれっぷ)地蔵菩薩をお参りしてきました。
今冬は雪が多かったため、4月の14日というのに地蔵尊の周りには1mほどの高さの雪山。
『札幌の碑』(北海道新聞社)によると、このお地蔵さんが建立されたのは明治の中期。
はじめは現在の公園敷地の南東側にあたりに安置されていました。
昭和42年、烈々布会館とともに現在の公園管理事務所の近くに移設。
さらに昭和54年、烈々布会館(写真左側の建物)の竣工に合わせて公園の北角へ移転したとのことです。
この経緯については札幌市北区にお住まいのKhさんから、郷土誌『篠路烈々布百年』(昭和62年)など多くの資料を添えてご教示いただきました。心からお礼を申し上げます。
下の写真は、会館とお堂との間にたつ「篠路烈々布開基百年」の石碑。裏面には次のように刻まれています。
蝦夷地開拓の志に燃えて
この地に入植艱難辛苦を
経て今日の発展を見る風雪
百年幾多先人の労苦を偲び
この碑に感謝の意を表す
篠路烈々布開基百年記念協賛会 昭和57年建立
お堂は鉄製の開き戸がついた札幌軟石造り。
お地蔵さんは丸彫像で、丈70cmほど。
お着物を着ているので確認できませんが、合掌しているようです。
首の周りには修理の跡がみられ、
頭部はやや右に傾いていました。
その頭部には、百数十年の間に生じた多数の傷跡。そして口元には少しの紅。
8年前にお参りした折も、お地蔵さんはお着物姿。
毛糸の帽子をかぶり、首から金魚の形をした蝦蟇口(がまぐち)と毛糸の手袋をさげていました。
お世話をされている方に感謝。ありがとうございます。