建立の際に、交通安全も祈願したという定山渓の岩戸観音をお参りしてきました。
じょうてつバスを定山渓神社前で下車し、章月グランドホテルの坂道を下ると、豊平川にかかる月見橋。
河童像が出迎えてくれました。この道の奥に見える赤い屋根が岩戸観音堂です。
お堂の中央には、かわいらしい半跏思惟像が祀られていました。
でも観光協会のパンフレットによると、お堂のご本尊は中央のこの観音さまではなく、その左となりの絵姿、「日の出観世音」とのことです。
お堂の右後ろが、洞窟(全長120m)の入り口です。
洞窟には三十三体の観音さまが祀られていて、パンフレットに各尊の詳細な説明がありました。
お堂の右側の小部屋には、昔の温泉街の写真と銅像。
深々と頭を下げた初代地崎宇三郎さんの像です。
像の下には、
深々と頭を下げ、来客を迎える初代地崎宇三郎像
「ようこそお越しくださいました。皆様のおかげで日々生き、生かされております。ありがとうございます。感謝に堪えません。」
父亡き後、二十二歳で北海道へ渡った初代宇三郎は土工となって懸命に働き、地崎組をつくりました。やがて小樽〜定山渓間の道路を建設し、昭和七(一九三二)年道路が完成しました。完成した道路は、橋二十四ヵ所、カーブは5百ヵ所以上を数えました。
この像には困難にめげず、常に感謝の心を忘れなかった初代の姿が刻まれています。・・・との説明がありました。
1932年に開通したという道路は、有料の小樽定山渓間自動車道(現在の北海道道1号 小樽定山渓線、総延長約37 km)。難工事で、多数の殉職者が出たそうです。
1936(昭和11)年に2代目地崎宇三郎(晴次)さんが、道路建設中に亡くなった方々の供養、自動車道の交通安全、定山渓温泉の発展を祈願し、私財を投じてこのお堂を建立しました。現在の御堂は1967(昭和42)年の再建。
初代地崎宇三郎さんは信仰が厚い方だったそうで、六地蔵さんを龍興寺に寄進したという話を本ブログでも取り上げました。(2021/04/25、龍興寺の六地蔵さん)